京都・洛中日記

内側から見た京都をご案内

京都はなぜ、観光都市ではないのか?

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法観寺八坂の塔 京都市東山区

他所の地域からやってきた観光客と京都市民の意識には大きなズレがあります。

京都といいますと、歴史ある寺社をはじめとする文化財があり、魅力が多くあるのは事実。しかし我々京都人は世代を問わず、観光というものに対してありがた迷惑、冷淡であるという人が一定数いるのです。私にとって、京都は単なる生活の場であり、観光都市と言われるのはありがた迷惑だと思う事もあります。生活も観光とは無関係な要素でもっているので。一部の観光客は何か京都に恩恵を与えてやっているつもりの人がいる。酷いのになると好き勝手な立ち居振る舞いが許されると勘違いした愚かな人も見かけます。

 

昔から京都には「おのぼりさん」という言葉がありますが、他の地域から京都に来られる方はみんな「おのぼりさん」です。祖母から訊いた話ですが、昔は修学旅行生を「いな中」「いな女」と呼んで区別していたのだとか。意味はそれぞれ田舎の中学生、田舎の女学生というなかなか選民思想丸出しのエピソードです。(同じ洛中人士の私でもさすがにこんな事は言った事はないが)

 

また市民は基本的に生活の中にはあまり入ってほしくないと思う人が多いのも事実です。民泊問題がまさにそうですね。市民生活に支障をきたしてしまうようでは元も子もない。だから市民と同じようにルールを守っていただきたい。例えばパリやローマでも、観光は市民の生活には何も関係はない。観光するのは構わないが、私達はこれを守っていくというものがあるように思います。

(ただし、今後の観光に対する対応や研究は否定しない)

 

実をいうと京都は観光だけではとてもやっていけない街でして、観光業は京都市民の(統計の取り方にもよるでしょうが)せいぜい一割~二割(04年時で11.5%)の人間を食べさせているのに過ぎません。私が小学生の頃ですら、京都市の市内総生産に対する観光消費額は全体の10%にも満たなかった(7.5%)のですから尚更です。その当時(04年年間観光客数は約4500万人)と比べてさらに一千万人以上も観光客は増えましたがそれでも恩恵を受けているのはごく一部の市民に過ぎないのです。

もしもこの先、京都を訪れる観光客が今の半分、或いはそれ以下に激減したとしても大抵の市民は困らないんです。メディアでは季節ごとに京都の魅力を取り上げていたりしますが、ありがたい半面、裏を返せばこれは京都市が現代都市としてあまりにも酷い過小評価が蔓延しているということなのでしょう。

 

 京都市は巨大工場こそ少ないものの、伝統産業も含めて、昔から工業都市としての側面が一番強く、明治ぐらいまでは日本の工業生産高の一割を担うほどでした。京都の企業も京セラ、オムロン島津製作所日本電産任天堂、ワコールといった全国的にも有名な企業は数多い。当然、商業都市としての側面もあり、人口の約一割を学生で占める学都でもあり、バランスはとれているのではないかと思います。私はこれを首都型都市という風に定義しており、該当する都市は京都と東京だけです。大阪、神戸や名古屋、福岡も立派な都市ではあるものの、産業構造が違うように思います。千年以上日本の都であり続ける京都は今でもその性質は残っております。(ここ数年は自信を失いかけている部分もあるが)

 

 

さらにもう一つ踏み込みますと、観光のイメージでありがちなのが古都という言葉です。 かつて平城京藤原京(新益京)があった奈良はともかく、鎌倉や金沢といった都でもなかった地方都市と一緒に古都と一括りにするとほとんどの京都人は気分を害します。

確かにどの町もそれぞれ歴史があって、素晴らしい文化はあると思いますが、都市としての構造が基本的に違います。この三つの町は京都のように都市として多くの人口を抱えているわけでもなく、産業、商業都市としての側面をもっているわけでもないので京都と同列に扱う事自体無理があるのです。

 

 なので京都は観光都市だから〇〇すべきだという意見は京都の実態を何もしらない人間と見なされるのでこういう事は言わないようにしましょう。

観光自体は大変結構な事だとは思いますが、だからといって京都という町や人が観光客の為だけに尽くす存在でなければならないという事とはおのずから別問題なのです。